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風紋 [乃南アサ]


風紋〈下〉 (双葉文庫)

風紋〈下〉 (双葉文庫)

  • 作者: 乃南 アサ
  • 出版社/メーカー: 双葉社
  • 発売日: 1996/09
  • メディア: 文庫



風紋〈上〉 (双葉文庫)

風紋〈上〉 (双葉文庫)

  • 作者: 乃南 アサ
  • 出版社/メーカー: 双葉社
  • 発売日: 1996/09
  • メディア: 文庫



「犯罪被害者」
いつからかこんな言葉が世の中に浸透する
ようになったのだが、まだこの言葉が世の中に
無かった頃に上梓された作品。
4人家族のどこにでもある普通の家庭。
ある日子供の父母会に出席するとの置手紙を残して
家を出た主婦が何者かに殺害される。
何の前触れも無く突然母を失った主人公真裕子は
暫くの間母の喪失を受け入れられずにいる。
しかし世間の風はその事件から爆風のように真裕子達
家族を容赦なく叩きのめそうとする。
また捜査が進展するに伴って犯人と母親との関係も
明るみに出て更に世間からは好奇の目に晒される。
逮捕されたのは真裕子の学校の教師。
一見どこにでもある殺人事件の一つに思えたが複雑な
展開へと流れていく。
一方犯人の家庭へも遠慮の無い言葉が投げつけられる。
逮捕されるまで順風満帆な家庭生活を送っていた妻の香織は
足元を掬われるように日々の生活を崩していく。
自分は何一つ悪い事をしていなかったのに、世間の目から
逃れる犯罪者のような生活を送る事になってしまう。
子供たちとも一緒に生活する事も出来なくなる。
「何故」という言葉が、事件の加害者と被害者という対極の
位置でありながらも、二つの家族を包み込んでしまった。
一つの殺人事件を境に、日常を崩壊させられた家族の様を濃密な
描写で描いた作品であり、そこから再び日常を取り戻すまでの
再生の物語でもあります。
現代、マスコミによってもたらされる様々な情報。
殺人事件などもその代表たるものであるが、それによって暴かれて
しまう家族の秘め事。
世間が知らなくていい事が、世間に垂れ流される。そしてその
内容も、下世話な心無い脚色を施されて。
活字とされて世に放たれた情報は、当事者の事などお構いなく
人々の間を駆け巡る。それは憶測と好奇が綯い交ぜとなって坂を
転がる雪だるまのように膨れながら。
そしてそれは冷たく不気味に家族をじわりじわりと苦しめていく。
家族の間で互いに互いの心の内を探りあう。またその余波は家族の
親戚、職場、学校と、行く先々に波紋を広げていく。
真裕子の日を追うごとに、少しずつ心を閉ざしていく様は痛々しいです。
又、対極である加害者の妻である香織の日を追うごとの凋落ぶりも
痛々しくもあるのだが、この香織は真裕子と違う人としての弱さが
印象的に描かれています。
虚栄心が強く、わがまま、自己中心的な部分が闇に落ちるような日常を
過ごすうちに、次第に表に出てきて嫌な女になっていきます。
香織も自分以外の人間の犯行によって世間の容赦ない冷たい視線に
晒され、家庭が崩壊してしまったという点においては犯罪被害者とも言える
のだろうか。
裁判を終え、しばらく経った後に真裕子と香織は対峙する場面がある
のだが、彼女達が背負わされてしまった悲しみがここに集約されています。

「お互い様です」
「世間から白い目で見られて、引越さなきゃならなくなって、散々泣いて
家族の中だって諍いも起きたし、皆わけが分からなくなって、頭の中では
どうして、どうして って思い続けてきました」
「母がいなくなったからって、母の代わりはいないし母親を殺された家の
娘って、ずっと思われます」
「それもお互い様よ。私は離婚したけど、うちの子たちはずっと「人殺しの
子」って言われ続ける」

又真裕子は大学へ進学をするのだが、その時に選んだのは農学部。
その理由がまた悲しい。
「人間と関わりたくないから。すぐに死んでしまうような生き物なんかと
関わりたくないから。ずっと植物だけを相手にしていたいから」
誰も好きにならず、人なんかに心を開かない。
出会いの喜び、人を好きになる喜びをも自ら否定してしまうまで変えて
しまった一つの事件と世間の目。人をここまで追い込み変えてしまうのか
と思うと痛く、悲しく、罪の深さを感じます。

又、裁判の描写もあるのですが、裁判は決して誰も救いはしないものだと
改めて感じます。
真裕子にしてみれば松永先生が犯人であっても、仮に他の人が犯人であった
としてもそれはどうでもいい事であって、判決が下り懲役がどれくらいに
なったとしても、たった一人である母親は決して戻ることはない。
裁判とは社会的に、事件に対してひとつの区切りをつけるだけのものでしか
ないと感じます。
被害者にとって、殺された者が元に戻らない以上どこまでいっても事件は
終りにはならない。また加害者の家族、子供も人殺しの子供、親は人殺し
を背負って一生生きて行かなければならない。
誰も救われることの無いものなのだなと、改めて感じました。
裁判をしたからといって、被害者家族の処遇は変わらない。

それにしても、登場人物の描写は上手いです。
というか、細かく濃密に描かれていて、作者の力量に驚きます。
日々の時間の流れの中で感じる気持ちの揺れを積み重ねて、心が荒んで
乾いて、頑なになって人の変わり行く様がよく描かれています。
マスコミの追われ、いいように書かれて傷ついていくのだが、最終的に
真裕子が少しだけ精神的に頼れるのが新聞記者であったところが少しだけ
皮肉な感じではあるけれど救われたのかなと思えたのが良かったかなとも思いました。
愉快な内容の物語では無いけれど、物語の先へ先へと読者を誘い、登場人物
達の心情が、読者の心にいくつもの漣を立ててくる傑作だと思います。
久しぶりに色んな事を考えさせられた物語でした。

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しゃぼん玉 [乃南アサ]


しゃぼん玉 (新潮文庫 の 9-36)

しゃぼん玉 (新潮文庫 の 9-36)

  • 作者: 乃南 アサ
  • 出版社/メーカー: 新潮社
  • 発売日: 2008/01/29
  • メディア: 文庫



伊豆見は通り魔的にひったくりを繰り返しながら
その日その日をつなぐ毎日を送っていた。
埼玉出身でありながら、ヒッチハイクを繰り返し
自分が今どこにいるのかもよく判らないような状況。
ある日狙いを着けた女からバックをひったくろうと
して誤ってナイフで刺してしまう。
服を突きぬけ肉に食い込むナイフの感触に戸惑いながら
も女のバックと原付を奪って逃走する。
見知らぬ土地で走っている道がどこへ繋がっているのかも
判らぬまま追っ手から逃れるように、自分が刺してしまった
女への罪の大きさから逃げるようにひたすらアクセルを
開け続けた。
やがて一息着けるところまで来たと思えたところまで来た
と思って、現金だけを手元に残して原付とバック類を投げ
捨てたのだが、相手を刺してしまった怖さだけは胸の
中に居座り続け、それだけはなかなか捨てられないでいた。
そして再び彷徨い続ける道を選択する。
通りかかったトラックを捕まえてヒッチハイクを願い出る。
宮崎まで行くつもりが、トラブルから車から放り出されてしまう。
深夜の山中、右を見ても左を見ても街灯が見当たらない。
漆黒の闇の中、自分の呼吸の音しか聞こえない。
たった一人風の音にも怯えながら朝が来るのを待ち続ける。
東雲に道を下り始めるのだが、そこで物音を聞きつけるのだが、
山奥だけに熊か何かと思い、歩を緩めるのだが、それは何やら
人の声のようであった。
近づいてみると道にはカブが倒れ、林の中から老婆が血を流して
助けを求めている。
いつもの伊豆見なら、倒れた原付を見つけた時点で幸いとばかりに
それに跨り逃走するのだが老婆の様子が危険な風に見えたことと
漆黒の闇を越えた後に出会った人であった事から妙な安堵感を
憶えたのか、倒れた原付に老婆を乗せ家にまで送り届けて行くこと
にした。
日が昇ってから医者に観て貰い怪我の手当ても終わったのだが、
何やら助けた老婆や、近所のおばさん達や手厚くもてなしを受け
何となくこの日から伊豆見はこの老婆の家で寝食を共にする。
赤の他人の伊豆見に対して自分の孫のように接する老婆。
ひったくりを繰り返し挙句の果てには人を刺して、もしかしたら
殺人犯になっているかもしれない自分を疑う事なく家に招きいれ
もてなしてくれる。
近所のおばさん達も暖かく接してくる。伊豆見には今まで経験した
事のない事なのだが、ここの人達にしてみれば特別でもなく当たり前
で、ごく普通の事だと言う。
戸惑いが伊豆見を飲み込むのだが、それが何故か心地良い。
日を追うにつれて、村の人達と接する機会も増えてきて、若者が殆ど
いない村では、伊豆見は特別な存在になった。
今まで無かった人との交流で、荒廃し、負のエネルギーを溜め込み
続けた自分から、人間本来への姿へと回帰をしていく姿を綴った物語。
老婆と若者。都会と過疎が進む山間の村。戦中の世代と高度成長期を
過ぎた現代の世代。村の家族と核家族。闇に侵食されようとする現代
の日常と木漏れ日の温もりを忘れない世代の暮らし。
いろいろな対比が刷り込まれているような気がします。
話の流れとしては特別ではなく、ありきたりな感じがする部類なのかも
しれませんが、そこで登場する人物描写から体温が感じられます。
老婆も、その村に住む人々も。
物質的に豊かになった現代が、引き換えに失くしてしまったものが
いかに大切であったかを自分自身の日常に照らしてみると実感として
感じ取れます。
この物語では過疎の村と都会という対比で描いていますが、都会でなく
とも物質的に不自由の無い暮らしを続けている地方都市とて同じことが
底流に流れています。
過疎の村だから良いという短絡的な発想では無いと思いますが、物が
無いくらいの暮らし。必要なものが必要なだけあるだけで良いんだと
思えてきます。
周囲の環境を見渡してみて、自分の住む街を見て、テレビに映し出される
街を見て、無くてもいいんじゃないかと思う物が多いなと。
そんな、無くてもいいんじゃないかと思う物を身に着けていたり、
持っている人が多いなと思ったりしましたね。
主人公、伊豆見は幼少の頃から母親に産まなければ良かったとか、旦那
の家系の血筋が入っている事を忌み嫌いっていたりと伊豆見をやっかい
な物くらいにしか見ていなかった。
伊豆見自身は不思議とも思っていなかったが、同級生にはもっと酷い
状況に置かれている子もいた。
アル中の親父に毎日殴られて痣だらけの奴、3人兄妹だが全員父親が
違っていたり、ある日家に帰ったら自分以外の家族全員がいなくなって
いて、遠足の日にカップラーメンを持ってきていた奴がいたり。
物語でありながらも、きっとこうした家族は沢山いるんだろうなと。
日々大人達は脅迫のように押し寄せる仕事や雑事に追われ、人生の
悦びをどこかに忘れてきてしまっている、自分も含めて。
人が持つ価値観が時代の移ろいに流されるように代わり続け、今に至る。
伊豆見を通して人としての生き方を考えさせられます。
ただ、今の暮らしを大きく簡単に変えられない社会的なシステムの中に
組み込まれている自分の弱さも同時に実感します。
物語の主人公、伊豆見は連続ひったくり犯でありながらも、山中で老婆
を助け、村の人達の仕事を手伝い自分のこれまでの日々を回想する。
決して根っからの悪人ではないところにほっとしながらも、、しゃぼん玉の
ように日々を彷徨いいつか突然に割れて無くなる人生なのだと諦観している
姿には悲哀を感じました。
卑しさと純な魂の出会いと触れあい。沁みる物語です。

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凍える牙 [乃南アサ]

不可解な失火によって火災が発生する。
失火元はファミリーレストランに来店していた客のベルト。
突然火を噴き瞬く間は火だるまになった被害者。
その火勢はすさまじく店を焼き、店の入っていたビルをも
炎に包んで大きな火災となった。
この事件を担当する事になった音道貴子。
捜査は難航して手がかりが無く膠着状態にある時に、大型犬に
噛み殺されるという事件が発生。
火災の事件から大型犬の捜査にまわされる貴子。
コンビを組んだ嫌味な刑事滝沢にうんざりしながらも、地道に
捜査を続け、二つの事件が関連する事実を突き止める。
事件はさらに新たな殺人事件を起こし、更に拡大していこうとする。
貴子は新たな事件を防ぐため必死に捜査をするが、その過程で
人を噛み殺した大型犬ウルフドックに不思議な感情を抱き始める。

物語中盤から、このウルフドックが存在感を強め、それはあたかも
人間のような息遣いで迫ってくる。
知性が高く、自分の意思を持ち、孤高で気高い魂をも感じさせる。
その澄んだ瞳が多くの言葉を投げかけ見つめられれば、胸の奥まで
見透かされてしまいそうなほど。
無駄吼えせずに凛とした静けさと、その裏側の野生の荒々しさの
バランスも良く、このウルフドックに作者は多くの男性が失くして
しまったものを重ねているおうにも思える。

事件はウルフドックが鍵を握り、ウルフドックを追うことで解決へと
進んで行く。
特別では無い、どこにでもいそうな普通な女性貴子と、普通ではお目に
かかれそうにない、ウルフドックとの対比がとても良く描かれている。
心理描写のとても上手な作家さんだと感じました。


 


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