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氷の世界 [野沢尚]


氷の世界(1)

氷の世界(1)

  • 出版社/メーカー: フジテレビ
  • メディア: VHS



氷の世界(2)

氷の世界(2)

  • 出版社/メーカー: フジテレビ
  • メディア: VHS



氷の世界(3)

氷の世界(3)

  • 出版社/メーカー: フジテレビ
  • メディア: VHS



氷の世界(4)

氷の世界(4)

  • 出版社/メーカー: フジテレビ
  • メディア: VHS



野沢さんの脚本のドラマは「眠れれる森」しか観た事が
ないとばかり思っていたのですが、「氷の世界」も当時
観ていました。
ただ、ドラマのタイトルと内容が一致していなかったようで
記憶の中では観ていない物語のとして分類していました。
また、当時は野沢さんの作品という意識がない状態で観ていました
ので繋がらなかったという事もありました。
で、今回レンタルしてまとめて全て観ました。
12時間くらいだったでしょうか。正直見終わった後は疲れた
というのが否めませんでしたが、それ以上にいいドラマだなと
強い印象が残りましたね。
一度、リアルタイムで観ていてある程度ストーリーは判っていた
つもりでしたが、改めて観てみると当時とはまた違った印象
でした。
ミステリーでありながらも、ストーリーとしての展開の楽しみ
だけではなくて、人物の描写に厚みがあってすごくいいですね。
リアルタイムで観ている時は一週間というブランクがあって
新しい章を観るので、物語のインパクトの強さを消化している
のでそれほど感じなかったのかもしれませんが、こうして通して
一度に観ると、毎回毎回凄く濃い内容だなという印象が強いです。
で、最初の章を観るとその先が気になってすぐに次を観たくなる
んですね。で、凄く内容に引き込まれていってる自分に気がつきます。
なかなか面白いドラマだなと思う作品でも、今週のはそれほど
面白くないというか、内容が浅いというか軽いなって思える作品が
多いなかで、野沢さんのドラマはどの章も濃いんですね。
ストーリーの流れがしっかりしているのと、人物描写、心理描写
が濃いからでしょうね。
この「氷の世界」では最初から徹底的に主人公である江木塔子を悪女
という色で描き続けていて、それが重く厚いぶんだけ、結末が
とても生きてきます。
物語の軸としては、女と男の愛の形の違い、かみ合わないパズルの
ピースを無理にはめ込もうとして、最後までその違いに気付かなかった
者たちが歪んだ形で事件をひき起こしていきます。
そしてその違いに気付いたひとりの男だけが彼女を救い事件を解決へ
導いていきます。
最終章で見せる意外な真犯人と、主人公の語る愛、愛する者を死の淵から
必死で引き上げようとする女の姿が強く強く観る人の心を揺さぶります。
愛するという事はどういう事なのか、命とはどういうものなのかを
真っ直ぐ伝えてきます。
全てはこのメッセージの為にそれまでの章があるという感じです。
このメッセージを伝えるために、強烈に観る人の心に焼き付けるために
構成を練り、ストーリーを創ってきているんだなと感じました。
毎回、毎回厚みのある章の全てがここに集約されていると感じると、
この最終章の結末の重たさは強烈です。
愛するという事が素晴らしく、愛する者の命はどれほど尊いものなのかを
改めて感じさせてもらいました。
一度観ても、また観たくなるドラマだと思います。
サラサラと軽くないです。ずっしりとしてる価値あるドラマではないでしょうか。
時間を重ねていっても、心の中に残るドラマだと想います。
時代は変わり、殺人事件の無い日が無いほど常態化し、凄惨な事件も
珍しくなくなり、負のエネルギーが日常の中に充満している今日、こうした
ドラマはとても貴重だと思います。
多くの方に観て欲しいドラマだと思います。


深紅 [野沢尚]


深紅

深紅

  • 出版社/メーカー: アミューズソフトエンタテインメント
  • メディア: DVD


映画「深紅」見ました。

小説を先に読んでいてストーリーは判って
いたので、それをどんな形で映像にするのだろうって
視点で観ました。映像になったらどんな色の物語に
なるのかなと。
一言でいうとインパクトが強くて心に残る映画だなという
印象でした。
奏子の抱える闇と、美歩の抱える闇。
奏子の言葉がナイフの先のように冷たく鋭利であったり
美歩との会話の中で見せる憎しみを奥に宿した目が
印象的でした。
また、美歩の台詞にもずしりとした重みがありましたね。
遺産のように罪と罰も子供が相続するという。
そして美歩の父役の緒方直人も良かったなと思いました。
舞台挨拶もDVDに収められていて、そこで「この役はキツイ」
ってもらしていましたけど、想像するにかなりキツイだろうなと。
でも流石に役者ですね。演技は良かったです。
そして彼が物語の中でこぼした台詞で、「私は正常です」
これも印象的でした。
決して心神耗弱ではないと。
言われてみれば、怨恨の対象となる相手が特定されていて
突発的な状況で無い限りは、明確な意志、憎悪の上での
殺害になるんだなと納得したりもしました。
野沢さんの作品はどれも台詞が秀逸です。
今回は妻と共にこのDVDを観たんですけど、妻にもかなりの
インパクトがあったようです。
ずしりと心に残る作品だったと。
これはあくまでもフィクションなんだけど、来年から始まる裁判員制度
を前にして、こうした作品を観ると考えさせられますね。
書類上での証拠を並べた上での有罪、無罪の判断、及び量刑の
判断。犯罪にいたる経緯を考慮した場合、その深さや人間関係の
絡みあいや犯行に辿りつく心情を察する事を考えると、この制度は
本当に重たいなと。
有権者である者ならば誰もがその対象に選ばれるという事実の前
で、本当に大丈夫なのかと。自分もそうだが、最近のニュース等で
報じられる事件を目にし、こうした犯罪の予備軍のような人達が
かなり多いのではと感じると、こうした予備軍のような人達のその
対象になり、判断を下すという事を考えると不安だなと。
無作為に選ばれた中から、さらに選抜をして実際の裁判員と
なるようだが、やはり不安は消えないな。
こんな事を二人で話しながら、いろいろと考えさせられる映画だなと
感じました。

ただ、疑問に残ったのはラストシーンです。
互いの電話番号を携帯のメモリーから削除して、二人は重たい荷物
を降ろしたような感じだったが、今までの流れからするとそんなに簡単
にけりがつくような事でもないような気がしましたけど、どうなんでしょう?
小説では、互いの痛みを理解しながらも、それでも相手を再び憎んで
しまうかもしれないという獏とした不安が内在するように描写されて
いたけど。
映画のほうもそれを含んだ演技だったのかなぁ。

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龍時03-04 [野沢尚]


龍時 03-04

龍時 03-04

  • 作者: 野沢 尚
  • 出版社/メーカー: 文藝春秋
  • 発売日: 2004/07/07
  • メディア: 単行本


シリーズ最終巻。
ここではオリンピックを舞台に日本のチームの
中での龍二を描きながら、組織と個人、監督と
選手の間での心の動きが書かれています。
これまでの01-02、02-03で見られたような
龍時のピッチの外での描写は思い切って削って
グループリーグ、クォーターファイナル、セミファイナル、
ファイナルとそれぞれの戦いで構成されています。
ですので、内容は殆どがサッカーのものです。
ただし、各場面での心の動きを描くにあたって、その人物
がそう思う、決断するに到った動機に根拠を与える
意味合いから過去を描いている部分はあります。
しかし、その程度ですので純粋にサッカーを活字の上で
楽しみたいという読者にはお薦めの一冊ではないかなと
思います。
これを読んでいると、表面的にしかサッカーを観戦して
いない自分でも、ひとつのチームの中で監督の持つ力の
大きさを改めて感じます。一度ピッチに立ってしまえば
実際に戦うのは選手達ですが、そのプレーを導き出すのが
監督なんだなと。戦術やシステムは戦う上での具体的な
ツールだけど、それを選手達が高いモチベーションで実践
するには相互の信頼関係がとても大切なんだなと感じます。
監督は選手の技術はもちろんの事、ひとつひとつのプレーの
背景にある理由も時には考慮をしているんだなと。
その理由によっては起用の仕方も変わってくると。
監督は選手達を自らの戦術の色に染め、育てるが時には選手が
監督を育てることもあるというくだりには、なるほどなと
感じることもありました。
この物語を書き終えた後、野沢さんには実際のオリンピックを
観戦して龍時の次作の構成を練る計画があったようですが
それが叶わぬことになってしまったのが、とても残念です。
本格的なサッカー小説として多くの読者が期待をしていたと
思うので私と同じく残念に感じている方がいるのではと思いました。
龍時シリーズでは、まだ少年だった頃の龍時から青年へと成長する
過程の中で家庭を描き、親子の関係を描き、ピッチの外での一人
の少年としての淡い恋を描き、海外での生活、そこでの新たな
出会いと触れあいを描き、チームでの孤独、ピッチの上での焦燥、
葛藤熱情を描き、有望な選手として成功を収めるために必要な
描写を余すとこなく描いた厚みのある作品と言えると思います。
そして、海外、スペインにおけるクラブの発祥の歴史的背景を
交え、単なる娯楽の中のひとつとしてのサッカーではなくて
その地に根付き、そこで生きる人たちの中での位置づけがとても
深いものであることを知り、日本のサッカーとの違いを大きく
感じました。
欧州でのサッカーに対する気持ちの昂ぶりがどこから来ているのか
を少しだけ垣間見て、サッカーが人々に与える影響力、広がりを
感じました。

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龍時02-03 [野沢尚]


龍時 02-03

龍時 02-03

  • 作者: 野沢 尚
  • 出版社/メーカー: 文藝春秋
  • 発売日: 2003/09/26
  • メディア: 単行本(ソフトカバー)


02-03で龍時は新たなチームへとレンタル移籍を
果たし、自らの持ち味を生かしたスーパーサブと
して物語の中のピッチで活躍する。
ピッチの上を熱く駆ける龍時はもちろんのだが
02-03ではピッチを離れた一人の青年としての龍時も
描かれている。
恋人マリアと時間を共有したり、他のクラブで韓国の選手との交流
したりと。
サッカー自体の熱くて、緊迫感が喉元にせりあがってくる描写に
対して、ピッチを離れたときの描写のバランスがとっても良いなと
感じさせてくれます。
これがある事で龍二自身に、ひとりの青年としての像に肉付けが出来て
きて、ピッチの上での息遣いがより一層実感を伴って感じられます。

夜の淵から転げ落ちてしまいそうなマリアを救いだそう
とする龍時。
そしてそれに応えようとするマリアとの若い恋愛が胸の
中をくすぐってきます。
フラメンコのような情熱的な熱と、日本的な叙情が交じり合って
二人がすれ違いを重ね、バランスを崩してしまいそうな印象を与え
ながらも二人の気持ちが離れず、絡んでいくのが心地良いです。

又、リーグ戦を終えて日本に親善試合に来た時に、家族と接するのだが
ピッチの上での格闘を癒してくれる温かさがまた良いですね。
孤高に異国の地で戦いを続ける中で自らを律するストイックな日々に
注がれる一瞬の情がまた心地良いです。ほっとします。

01-02からひとつ階段を登り、トップチームで存在感を定着させ人としても
ひとつ階段を上がった感じ。しかしピッチで走り回る内なる龍は健在。
熱く猛々しいまでのプレーへの情熱は鳴りを潜めるどころか更なる熱を帯び
それに加えて冷静に試合の流れ、人の配置を俯瞰出来る知的さも兼ね備え
より魅力的となったプレーは読者を裏切りません。
あくまでも、物語の軸はアグレッシブはサッカーの描写であって、本格サッカー
小説という名がふさわしい作品だと思います。
又、ところどころに散りばめられた歴史や背景がより一層リアリティを高めて
物語を引き締めてもいます。
それにしても、冒頭にあった専門の雑誌の記事を彷彿させる内容には少し驚き
ました。ここまで本格的に書けるんだなと。
野沢さんの物書きとしても幅の広さを改めて見せられた感じです。

龍時01-02 [野沢尚]


龍時01‐02

龍時01‐02

  • 作者: 野沢 尚
  • 出版社/メーカー: 文藝春秋
  • 発売日: 2002/04
  • メディア: 単行本



野沢さんのスポーツものの小説はこれが唯一
という事になるのかな。
野沢さん自身のサッカーに対するスタンスと
いうのは、私自身には判らないが細かい所まで
書かれているという印象を受けます。
どんなスポーツにも動きというものがあって
その描写には専門的な要素を避けては通れない
と思うのですが、この作品はそういう意味でも
手を抜くことなく描写されているなという印象。
で、あとがきを読むと元jリーガーのサポートが
あったとあり、やっぱりなと思ったが、それを
差し引いても良く描かれていると思います。
そしてそれ以上に主人公の描写には情熱を注いで
いるなと感じます。この辺りが野沢さんらしいと
ころかなと。
そしてこの主人公であるリュウジのキャラは読み
進んでいって、読み終わった頃には際立った姿で
読者の胸の中に像を残すのでは無いかなと感じます。
スペインとの対戦でゴールを挙げながらも敗北を
喫し、自分の置かれている環境の甘さを痛感、と
同時に日本のサッカーの甘さを突きつけられる。
やがて単身スペインへ渡るのだが、スペイン行きを
反対する母との葛藤、スペインでの孤独と疎外感。
そんな中でも少しずつ芽生える友情。
だが、上を目指すためには友とも戦うことになり
そこでの事故に胸を痛め悩みながら、それでも前へ
進むことから目をそらさないひたむきさ。
自らの力を信じながらも、自分の弱さを断ち性急なまで
に結果を求め、親を捨て国を捨てようとする。
現実の厳しさの中で、夢というエンジンに10代の
危ういとさえ感じる情熱を注ぎ込んで命を削るように
走る姿は胸を打ちます。
そして各所で語られる台詞がまた印象的。
父親がまだ10歳にもならないリュウジに語る台詞。
「男というものは魂の隠し場所を持っていなきゃいけない」
また国籍を捨てスペイン人になろうとして、養子を
お願いしたときに語られた台詞。
「国を捨てるという事は魂を捨てるってことだ」
その言葉を受け、父を捨てようとするときの台詞。
「狭まってくる外国人登録枠のせいで気化するんじゃない。
俺、この土地で0歳の俺になるんだ。これから歩き方を覚えて
立ち方を覚えて、親も兄弟も帰れる国もない、そういう
寂しさを受け止めて、俺は自分一人の手で、俺っていう赤ん坊
を育てるんだ」
国を飛び出し、異国の地で生まれ変る決意をするリュウジ。
この物語にはサッカーを通して一人の少年が自らの足で
自らの人生を歩いていく過程での成長の姿を描いた作品と
言えると思う。
失敗することを恐れて小さくまとまって欲しくないという想いと
自分の人生の良し悪しは自分で背負わなければいけない。
苦しい環境に置かれていても、どう生きるかは自分で決める事
であって、他人のせいにしてはならない。
そんな想いが野沢さんにあったのかなと、感じます。
華やかに見える姿の裏側にある、孤独、寂寥、葛藤、挫折、悩み
苦しみを描くことで、主人公リュウジに人としての肉と血を与え
てリアリティを生み出しているところが、安っぽくなくて好感が
持てます。
又、スペインのクラブが誕生した経緯、歴史にもふれられていて
日本のクラブとスペインのクラブの根本的な違いが語られていて
スポーツでありながらも、それだけで終わらないのがスペインの
サッカーなんだと、素人の僕なんかには素直に思えてきます。
そうした背景、歴史からみても日本のサッカーがゲームに過ぎない
という印象を受けます。
ドーハの悲劇の後に書かれたこの物語にはもうひとつ、野沢さん
なりの今の日本のサッカーに対する批判も含まれていたのかなと
も思いました。本格的で情熱的なサッカーの小説を描いて、多少
なりとも関係者が手にしてくれる事も狙いのひとつだったのでは
と思いましたが、それは考えすぎでしょうか。
まぁ、それくらいの温度を感じさせる作品だと言えます。
さて、続編の龍時02-03ではどんなリュウジに成長しているのか。
今から楽しみです。


ラストソング 再び [野沢尚]

パンフレット(webサイズ).JPG

「ふたたびの恋」で初めて野沢さんの作品に触れてから
今日まで幾つかの小説を読ませて頂きましたが、残念ながら
野沢さんの手がけた作品で映像として鑑賞したものはテレビドラマの
「眠れる森」だけでした。
「ふたたびの恋」を手にした時にはこのドラマを野沢さんが手がけて
いたという事も知らなかったくらいで、自分の中ではこれまで未知数の
作家さんでした。
しかし、次々と作品を読むうちに野沢さんの小説の世界に引き寄せられて
いったような気がします。
どの作品もすぐに物語の中に引き込まれていくのですが、どの作品を読んで
みても活字を目で追いながらも自分の中で物語が映像となって形になって
いくのを不思議と感じていました。
ただ、これらの作品を実際の映像として、フィルムとなってスクリーンに
映し出されたらどうなんだろうか。どれくらい小説の雰囲気を残してくれる
だろうかという不安もありあえて映像としての野沢さんの作品は見ておりません
でした。
小説を原作とした映画も幾つか観てきましたが、そのどれもが小説で感じた
感動を別の色で塗り替えられてしまい、正直その手の作品は2時間という時間の
中に押し込められた、原作と同じタイトルを持つ全くの別作品という観念が自分
の中に沈殿しており、それをまたかき回して汚してしまうのはすべきでは無いと
思っていました。小説は小説であろうと。映像はまた別物だと。
ただし、野沢さんは脚本家でもあるわけで、その作品を見ないで勝手な自分の
中の観念の中に沈めては失礼かなとの想いもあり、やはり一度は見てみたいなと
想い始めていた時に、野沢さんのブログで上映会を行うとの発表があり、今回の
上映会に参加させて頂く事となりました。
天気予報では昨日から雨の予報。しかも強く降るとの事。少し気をもんだのですが
幸いにも雨に降られずに無事に東宝の撮影所に到着。
特別な計らいで東宝の撮影所の中の試写室での鑑賞でした。僕にとっては貴重な
一日だったと思います。このような機会はそうめったにありませんから。
中に入っての第一の印象は、試写室というだけあって小じんまりしているかなと。
でも、座り心地も悪くない座席に満足しながら上映の時も待っていました。
そして上映が始まってからの2時間。スクリーンに映し出される役者さん達の血の通った
演技に圧倒されていました。
最初から最後までとても濃密な時間だったと思います。底の透けて見えるようなところ
が無かったなと。
20代前半、夢を見てひらすら前に進むことだけを願っていた修吉、一矢、バンドの
メンバーと、倫子。
映画の冒頭に倫子が語る、アナログレコードに針が落ちていた頃、青春も音楽もあの
塩化ビニルのドーナツ盤のように傷つきやすかったという言葉のように、成功と挫折の
中で友情と裏切りがありその中で様々な感情が渦巻き、一言では表現できない感情に
自身が翻弄されてしまう様がとても厚く伝わってきました。
迷い、戸惑い、寂寥、哀しみ、悦び、温もり、挫折、孤独、情熱、愛情という感情の
狭間の中でもがき苦しみながら生きる様が生々しかったなと。
小説の中でも印象的だった倫子の言葉が映像の中でも同じように印象的でした。
誰かのために生きるような時代は自分の足で通り抜けなければいけない。
相手を想うあまり自分の道に踏み出せない修吉と一矢。同じ夢を追っていても現実
を前にして互いに進むべき道が別々にあると知りながらも相手を自分の人生から切り
離して生きていく痛みと切なさの前に踏み切れない様に、心を鷲づかみにされたように
観ながら切なさがこみ上げてきましたね。
でも、この感情は、この映画が当時封切りされた時には今と同じようには感じられなかった
かもしれないなとも同時に感じました。
おそらく、修吉や一矢と同じ年頃だった筈。この頃に観たのでは分からないことが多かった
んではないかなとも思いました。年齢を重ねてきた今観たからこそ分かる痛みというもの
が胸の中に広がりました。
そういう意味では公開から十数年たった今だからこそ、改めて観る価値のある映画だと
言える作品なのかなとも思います。公開当時は興行成績はそれほどでも無かったという
お話をして頂きましたが、今観てみたらすごくいい映画ではないかと思いました。
映画の価値は確かにお仕事としている方々には数字という結果は大きな意味を持ちます
が、観る者それぞれの中で価値観は違うものであって、大きなヒットがなかったとしても
人それぞれに受け取り方があって、僕にとっては素敵な作品である事は間違いないです。
活字で創りだす物語である小説と、映像で観るものに訴えかける映画との間のギャップに
原作のある映画に良いものはないと今日まで思っていましたが、決してそんな事はないなと
考えを改めました。
小説で感じたものに、映像を加えたことによって更に熱を帯びて、「ラストソング」は
より一層僕の中では素晴らしい作品という位置づけになりました。
野沢さんがご健在でしたら、このような企画は逆に無かったのかもしれないのかなとも
思うのですが、観る者の悦びを野沢さんに伝えられたらなと思いました。
また、上映後の瀬田様のお話しも貴重なもので、嬉しかったです。
こうした機会でしか聞くことの出来ないものばかりでしたから。
ファンにとってはこうした上映会は本当に意味のある特別なものです。
一般公開ではない、作品を愛する人達だけに機会を設けて、眠っている作品に改めて
息吹を与えられる素晴らしい企画だと思います。
ご苦労もあるでしょうし、大変なのは承知の上ですが、この企画が回を重ねて頂ける
事を願っております。
野沢様をはじめ、多くの関係者の方々、本当に今回はありがとうございました。

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殺し屋シュウ [野沢尚]


殺し屋シュウ (幻冬舎文庫)

殺し屋シュウ (幻冬舎文庫)

  • 作者: 野沢 尚
  • 出版社/メーカー: 幻冬舎
  • 発売日: 2005/04
  • メディア: 文庫



やくざよりもやくざに見える悪徳警官を父に持つ
シュウ。母親は童話の挿絵を描きながら日々を暮らす。
悪徳警官の父親は仕事から帰ると隣の部屋で母親を
強姦する。必死に耐える母親を見ながらいつしかシュウは
父親に殺意を抱くはじめる。
そして、大学になって実家を離れてしばらくした後、
突然父親がシュウの部屋を訪れる。母親が失踪したと。
行方を知らないかと尋ねられるが心当たりの無いシュウは
知らないと答える。その後父親の寝ている隙に拳銃から弾
を一発抜き出し、母親がいると思われる場所へ向うシュウ。
そこで母親を逃がし、やがて獣のように追いかけてくる父親
を待ちうけ、お手製の仕掛でこっそり抜き出した父親の
拳銃の弾を使って父親を殺害する。
だが、母親は何か感じる部分があったのか、その場所へ戻ってきてしまう。
そして母はその罪を抱えて刑務所へ身代わりとして服役する。
一方シュウは両親の知り合いで裏家業に通じている匠に拾われ
殺しのプロになるべく渡米。過酷な訓練を経て殺し屋シュウが
誕生。そして以後匠から殺しの仕事を請け負う。
この物語では以後5件の殺しの仕事をこなすのだが、そのどれも
がセンチメンタルなタッチで描かれている。
麻薬で声の出なくなったビジュアル系ロックシンガーをライブの
最中に殺害する依頼。
実の父親の殺害を依頼するやくざ。
アルツハイマーの犯される元映画プロデューサーを、自分の病識が
なくなった時に殺害する依頼。
大物政治家の被害妄想から高級コールガールの殺害の依頼。
息子を殺害され、私財を投げ打ってでも復讐をしてくれとの依頼。
人の人生の幕を下ろす仕事の殺し屋。
自分の感情を冷静に制御して的確に仕事をこなすことが肝要なのに
シュウはどの依頼にも感情移入してしまう。
仕事の対象となる人物の人生を垣間見て、その哀しみにシュウの心
が揺さぶられてします。
非情と情の間で揺れるシュウの心模様がセンチメンタルで、行間
から切なさが滲んでくるようです。
個人的に好きなのは、アルツハイマーに犯される老人を殺害する物語。
自殺の丘と呼ばれる別荘地でひっそりと暮らし2ヶ月に一度訪問する
シュウが誰か判らなくなった時が仕事の時。
2年前に生まれた孫の事が思い出せなくなったと匠に本人から連絡がある。
決して弱みを見せない男だから笑い話のように話していた。
おじいちゃんと酔ってくる孫にどう呼びかけてよいか判らない。
名前が判らない。母親が呼んだ名前を呼んでおけばその場は収まると安堵
する。自分の人格がまたひとつ欠け落ちたと自覚させられた時、病識を
失っていないアルツハイマー患者が最も絶望感に襲われる時。
「次がいよいよかもしれない。覚悟しておけ」と匠が告げる。
一ヶ月先まで彼の脳細胞におれの記憶がぶら下がっていることを祈った。
プロの殺し屋でありながら、仕事をしないで済ませいと願う。
和製の007シリーズをこの上ない豪華キャストで制作する事を夢みて
いたこの老人。完成していれば見てみたいと思わせた。
夢に奔走して敗れはしたが、失敗談を笑い飛ばして話す老人。
アルツハイマーという病魔がなければ、まだ夢を追いかけることが出来た
かもしれない。ミクロの病魔に憎しみを抱き、自分が欠けていく哀しみ
寂しさに耐えているこの老人に対する感傷がシュウの心を揺さぶっていた。
シュウの心模様を知ってか知らずか、元映画のプロデューサーである彼は
最後にシナリオを用意していた。切なさが胸の中に広がると同時にやられた
なと思ってしまった。
そして、ラストを飾る物語ではさらに大きなサプライズを読者に用意していた。
これまで死を与えてきたのだが、死から救い出すという構成に変更している。
仕事の対象となる人数は5人。圧倒的に不利な状況に追い込まれながらも
仕事を成し遂げ、守るべき命を死の淵から生を与える事に成功する。
匠に拾われ、アメリカで殺し屋の訓練を受けている時に教官から言われた
言葉に対する答えがこれなのだろうか。
「自分のために生きるのが難しいのなら、誰かのために生きてみろ」
様々な人生を見つめながら、辿りついたところがここなのか。
死に対して畏怖の念を忘れる事なく、戸惑いと迷いで揺れながらも
諦めることなく明日を見つめて日々を紡いでいく先に人生は開ける。
どの人生も平坦なだけのものはない。誰もが自分の人生と闘い明日を見る。
誰もが思い通りに生きられない。血塗られた圧倒的な重荷を背負いながらも
明日を生きるシュウの姿を借りて野沢さんはそんなメッセージをこの物語に
刷り込んでいたのではないかと感じました。


ラストソング [野沢尚]

 

若いと言える時を、遠い過去に置き去りして、
それと引き換えに何を学んで来ただろう。
自分の足でどこへ向かっていくべきなのかを
自分で決めるようになったのはいつの頃から
だったろう。
そして若さとは別に、何を捨てて来たのだろう。
「ラストソング」この本を読むと主人公と同じ
頃の自分は何を考え、何を夢見て、何に苦しんで
居たのだろうかを記憶の底から切なさを伴って
呼び出されてしまう。
主人公の修吉は九州の、アマチュアバンドがデビュー
する登竜門と呼ばれるライブハウスでは実力、
人気ともにトップのバンドでボーカルをしていた。
東京のプロデューサーに拾われ、デビューを間近に
控えていた。そしてこのライブハウスが閉店をする
夜に一矢と倫子とに出会う。
一矢のギターに衝撃を受け、それまで弱いとされていた
修吉のバンドのギター、ケンボーとの交代を考える修吉。
一矢に出会うまでは、プロデューサーには、ケンボーを
育てると豪語していた修吉であったが、一矢のギターを
聞いた時から、修吉は一矢をメンバーに入れる衝動に
駆られ、それは消えぬものとなって胸のうちに居座り続けた。
 倫子は九州でラジオのDJをしていて、取材としてこの夜
ライブハウスを訪れたのだが、結局修吉に鼻であしらわれて
しまうのだが、収まりきらない倫子は酒の勢いで修吉に絡み
つづけ、結局修吉のアパートで一夜を明かしてしまう。
 修吉の刃物のような鋭い激情と、その裏の包み込む優しさに
触れ、今まで敷かれたレールの上を歩くだけの人生から
一歩踏み出し、自分の意志で修吉と共に夢を目指し始める。
 一矢を自らのバンドに入れるべく、修吉は一矢を口説きに行く。
修吉らしい言葉に、一矢は心動かされ共に夢を実現させようと
決意を固めた。
 東京への旅立ちを目前にし、練習をしていた時修吉はケンボー
を容赦ない言葉で責めていた。
 そこへ一矢が現れ、事の状況を察したケンボーはいたたまれずに
飛び出してしまい、代わりに一矢がケンボーのポジションに収まった。
 そして、東京への旅立ちの日。駅のホームに現れたケンボー。
 掲げた拳の中に別れの言葉をしまいこみ、エールを送っていた。
 不器用な別れの中にケンボーの切ない想いが詰め込まれていた。
 ケンボーの瞳は涙が溢れ、修吉の瞳にも涙の膜が覆っていた。
 夢のために、切捨て裏切りとなったが、二人の間にはそれを越えた
切ない想いが、言葉を越えたところで共有されていた。
このシーンには心動かされ、胸が詰まる想いだった。
 こうして旅だちを果たしたのだが、なかなか結果がついてこなかった。
ドサ周りの毎日。掲げていた大きな夢と、叶った夢は大きくかけ離れ
ていた。掲げていた夢は日々の生活の中で少しずつ擦り切れていき、
やがて大きな転換を迫られることになる。
 プロデューサーが修吉から一矢へ乗り換えたのだった。
かつて一矢を得るために、ケンボーを切ったように。
 3人の間で激しく触れる感情の振り子。
 一矢の才能を認めつつも、この結末に荒れる修吉と、夢に手が届く
可能性が見えてきた一矢。メンバーの中での再びの裏切り。
 一矢のソロとしてのデビューでもあり、他のメンバーをも切り捨てる
選択だった。
二人の見つめてきた倫子。そして倫子を必要としている一矢
の想いがより3人の関係を複雑にしていった。
 しかし、一矢の曲は自らの想いの断片を切り売りするようなもので
あり、やがて曲作りに苦しむようになり、一矢をプロデュースする事
になった修吉と、二人を見つめる倫子にも大きな影を落としていく。
 一矢が求めていたものと、修吉の向おうとする場所とが大きく違い
を見せ、一矢はそのことでも苦しんでいた。
 大きなライブに新曲を披露する事になっていたのだが、曲が作れない
一矢は現実逃避。ライブに穴を開けることになったら首がとぶ修吉。
 ライブ当日のリハーサルになっても現れない一矢。皆が気をもむ中
で、倫子は一矢の居場所に気づいた。
 一矢を迎えに行った倫子。そこで交わされた二人の会話はとても
印象的で、この物語に込めた作者の想いが伝わってくる。
 3人でここまで来たことが壊れようとしている事に恐がる一矢。
そんな一矢に語りかける倫子の言葉は、切ないが決意に満ち力強さを
感じさせてくれた。
 「人のためとか、友達のためとか、そういうことで生きていく
時代は、多分、自分の足で通り過ぎなきゃいけないの。それって
キツイよね。でも、やんなきゃしょうがないの。三人で選んじゃ駄目。
一矢の足で、あたしの足で・・・・・・一人で選ぶ道なの」
 かつて、修吉がケンボーを捨て、一矢が修吉を捨て、倫子が3人の
関係を断ち切っていく。
 裏切りとも思える事が、人として生きていくうえでは、避けては
通れない道である事。多かれ少なかれ、事の大小はあるにしろ、
誰もがこうした道を通りながら大人になって自立していく。
 切ないことではあるけれど、それは決して後ろ向きではなくて
未来へと新たな一歩を踏み出す通過点であり、成長という人としての
前進でもある。
 若いときのままで、老いてはいけない。
 男達の友情と裏切りを熱く描きながら、未来への希望を紡ぐ、
野沢さんらしい暖かく優しい物語だと想います。
 今を生きる若い世代の人には少々、青臭く感じられるかもしれないが
その本質には時代を越えた共感できる部分があるような気がします。
 自分の夢を真っ直ぐに見つめ、人生に正面からぶつかっていく姿は
感動的です。
 すでに絶版となり、私のホームタウンの図書館にもこれはありません
でした。手にする機会は少ないかもしれませんが、素敵な物語である
作品であり若い世代の人にも、それを過ぎてしまい、沢山の事を知った人達
にもいい作品であると思います。
 この作品は映画が先で、あとから小説という形になった作品のようで、
映像を見ていないのが残念なのですが、映像を通して見る修吉や一矢、
倫子はどうだったろうと想像を膨らませています。
 小説としての「ラストソング」は力強く、印象が強い作品です。


ひたひたと [野沢尚]

ひたひたと

ひたひたと

  • 作者: 野沢 尚
  • 出版社/メーカー: 講談社
  • 発売日: 2007/05/15
  • メディア: 単行本

 

野沢さんの最後の作品として出版された
この「ひたひたと」を手にした時、悦びと
言い知れぬ寂しさが胸の中を複雑な心模様に
染めました。
いくつもの素晴らしい作品を手にして多くの
感慨を貰い、いくつもの生きていくうえでの
道標を見せてもらったように思います。
ただ、その多くに一言では言えない影を
感じなかったと言えば嘘になります。
自己完結という結末で生に幕を閉じた後に
なってから小説を手にしたのですが、影を
作り出す対象が死だったのかもしれないと
今になってはそんな風にも感じられます。
その影がある故に、生に対して向けられる
野沢さんの視線は眩しく時には厳しく、そして
切なく、優しく光っていたように思い返されます。
それ故に、「ひたひたと」を手にした際の
寂しさや喪失感は野沢さんが身近な存在でなかった
としても胸に波紋を広げずには居られませんでした。

この「ひたひたと」は5人の人達が一同に会し
胸の奥深くに封印してきた闇に再び目を向け
それを他の4人に告白する事によって少しだけ
楽になり、4人の闇を少しずつ背負うという
事で始まります。
残念ながら志半ばにて他界した為、二人の告白
だけで終わってしまいますが告白した闇は読む側
にも重く訴えかけてきます。
告白という形式を取っている為か、告白者以外の
言葉や人物描写はありません。
淡々と告白が続いていくのですが、淡々としていて
他の人達の描写がないぶんだけ告白の内容に集中
して読み進められます。
最初の告白者の物語は「十三番目の傷」という
タイトルです。
サラリーマンである轡田芳雄の胸の奥に燻る
闇の告白です。
何人かの女性遍歴を経て都内のあるバーで出会う
女性、東原佐和子との関係を経ての結末を語って
行きます。
彼女との出会いから関係を持つ流れ、関係を清算
しようとする轡田の利己的、身勝手な意識とそれを
受け入れる佐和子の悲しさ。
話としてはどこにでも転がっているものであるが故に
新鮮さは無いものの、それ故にその痛みを想像しやすい
又は、自分のものとして受け止めやすいという、物語
に入り込めるものになっています。
但し、佐和子の背負っている過去に怨念にも似た暗さを
与えた事により物語は痛みを越えた怖さを感じさせます。
それはホラーのような怖さというよりも心の裡に潜む
強烈な様々な負の感情を綯い交ぜにした複雑な感情が
産み出す闇に飲み込まれてしまうような怖さを感じます。
轡田は結局佐和子を死なせてしまい悪夢に夜毎うなされ
佐和子の墓へ手を合わせに行きますが、そこで会った
佐和子の母親から衝撃的な事実を聞かされますが、俄かに
信じがたい内容故に、心の奥深くに封印をして新たな
日常を歩き始めます。しかし彼に待ちうけていたのは
佐和子の母親が語っていた、彼女の過去を引き継いだ
恐ろしいものだった。
怨嗟の輪廻転生という言葉で作者が表現した血まみれの
所業を轡田は背負っていくことだった。
男が振り下ろす刃物で傷ついた女達の叫びは、その身体を
失っても決して消えることの無く引き継がれていくという
結末には、一言では言い表せない悲しみと怖さが肌を
伝って背中を這い上がってくるようでした。

表題作でもある「ひたひたと」にも「十三番目の傷」と
底流でつながったものが流れていますが、「十三番目の傷」
とは違った怖さを感じさせます。
こちらは主人公が死を迎えることなく、少女だった自分を
辱めた男に対峙していく様が語られています。
その結末は以外であり、主人公のとった行動はその憎しみの
深さを感じさせると共に、猫が手の中で鼠を弄ぶような
残酷さを楽しむような怖さを感じさせます。
自分を辱め、辱められた手に自分の人生掴まれてしまった
女が、その男の息子を汚し、その少年の人生の操縦桿を握り
同じことをして復讐しようとする様に、思いの深さを感じます。
また、辱めた男の息子に刃を向けるあたりは「十三番目の傷」
にも通じるものがあるように感じられます。
二つの物語は短編であるにも関わらず、登場人物達の心理の
奥深くを引きずり出し、短い中にも一言では言い表せない
人の心の在り様、複雑さがよく書かれていると感じます。

そして、未完となってしまった「群生」。
プロットという形での発表となりましたが、その内容、読み応えは
完成度の高いものとなっています。
これが小説の完成形として発表された時にはどのような形となって
私たちの目の前に現れたのか。
そうした想いが湧くと同時に、それを望むべく野沢さんが他界して
しまっている寂しさが胸の中に広がってしまいました。
この「群生」では殺人に対する罪と罰が書かれているように
感じます。
「群青」一切衆生の意をもち、本来全てのものはひとつのものであり
差別を持って生きる人間の妄想を反省し、自分に対する批判を
現している。因果応報の道理を知らず、責任を他人に転嫁して自己を
中心とした視点で生きる間違った人間観を現しているという。
こうした言葉をタイトルに冠したことを思うと、この作品にも野沢さん
らしい視点から厳しくもある警告を発し、どう生きるべきかという
問いを投げかけられているような気がします。
プロットの最終章にて、主人公の口から語られる言葉、自分の父を
殺した男へ宛てた手紙にのせた言葉からは、そんな野沢さんの
想いが滲み出ているような気がします。

巻末に寄せられた北方さんの弔辞、池上さんの解説の中にある
まだまだ読みたかったという想いは多くの方の共通なものでしょう。
まだまだ、野沢さんの作品を堪能したい欲求は満たせず、完成度が
高かっただけに、あっという間に読みつくしてしまうだけに
この「ひたひたと」が最後の作品だと思うと残念でなりません。
多くの方に野沢さんの作品が愛されることを願って止みません。

 


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恋人よ [野沢尚]

恋人よ〈上〉

恋人よ〈上〉         

 

  • 作者: 野沢 尚
  • 出版社/メーカー: 幻冬舎
  • 発売日: 2001/06
  • メディア: 文庫
恋人よ〈下〉

恋人よ〈下〉

  • 作者: 野沢 尚
  • 出版社/メーカー: 幻冬舎
  • 発売日: 2001/06
  • メディア: 文庫

結婚式を2時間後に控えた二組のカップル
航平は妻となる粧子から、お腹の中の子供の父親は
あなたではないかもしれないと告げられる。
愛永は結婚式2時間前となっても式場に姿を現さない
遼太郎に、胸の内で燻っていた結婚への迷いを大きく
膨らませていた。
結婚に踏み切れないとの想いを抱えた二人はここで
偶然にも出会う。
その時に起きた不可抗力な出来事により、式までの
僅かな時間を共にする。
この僅かな時間で、互いが抱えてる結婚に対する不安を
打ち明けた事で、迷いに区切りをつけ結婚式に臨む事に
した二人は、再会の約束をする。
結婚式を終えて、約束の時が近づく頃、航平と粧子夫婦の
隣へ愛永と遼太郎夫婦が引越して来た。
偶然ではない意図をもった引越しであったが、この再会を
素敵な偶然のように喜ぶ航平と、妙な胸騒ぎを感じる粧子。
こうして再会を果たした二人は、親愛なる者として、私書箱を
通じた手紙の交換により、たやすく触れ合うことが出来ない
距離を縮めていく。その一方粧子と遼太郎はかつての恋人であり
お腹の中の子供の父親であるかもしれない男であった。
この二組の夫婦が各々の胸の中に各々の想いを抱えながら
物語は、更に深いところへと進んでいく。

航平と愛永の交わす手紙。これがとても新鮮な印象を与えてくれる。
メール等の想いを伝える術は、電話、手紙などという形態
から即物的で安易なものへと様変わりをしてきた。
こんなご時世での手紙は却って特別なものとしての印象を与える。
筆圧や書かれた文字の癖や様子からも書き手の想いを伝えてくれる
手紙はメールとは違った趣を感じる。物語の中で交わされる手紙は
そんな印象を更に強い力で読者に与えてくれる。
恋文などと時代遅れで、少女のような気恥ずかしいものだと一笑に
付す方もいるかれしれないが、あえて大人の、尚且つ隣人の間で
交わされる」手紙は静かな熱情を感じ、色々な距離感から来る
相手への想いがより強いものへと変わっていく。
相手との交わりを持たない関係の中で静かに燃える熱情は
高潔であり、深く、豊かなものだなと感じる。
そんな想いは愛永の手紙の中の言葉によって語られる。


「プラトニックと呼べば薄っぺらに聞こえますか?モラルの回復
という言葉ほど堅苦しい教条主義でもなく、セックスレスという
流行への迎合でもありません。でも油断はできません
対話や電話と違って、手紙においては言葉は選ばれます。口から
出てくる言葉なら風邪に吹き飛んでくれるでしょう。だけど文章は
紙の上で消える事なく、時間を越えて残り、思わぬ時に顔を出して
手紙を与えられた人の人生を左右するかもしれないのです。
肉体関係以上に重い意味を持つかもしれません」

 

豊かな情感や文章の持つ奥深い静かだけど確かな力を感じずには
居られません。
そして、こんな風に想いをこめた手紙による関係を選んだ理由を
作者は後半に用意してありました。
狂おしく、哀切に満ちて、人を想う心の深さや大きさ、喜び、素晴らしさ
を用意して読者を待っています。
会社の昼休みにこの辺りを読んでいる時には、瞼の裏に膨らむ涙を
堪えるのが大変でした。
愛永が辿る厳しい運命は悲しすぎました。
しかし、それ故に彼女の想いの強さ、深さを改めて感じた時には、
涙腺の堤防はいとも簡単に決壊していました。
人を好きになる事、愛する事とはどんな事なのか。
どう愛すべきであり、どう育てていくべきものなのかの、一つの形を
見事に描いたいい作品だと言えると思います。
簡単では無い様々な心のうねりの中から産まれる愛情は、かけがえの無い
ものであり、時代を問わず価値のあるものだと思います。
10年以上前に産まれた作品は、時間と時代を越えて今再び輝きを
伴って高潔な感動を与えてくれました。
そして、再び読み返したくなる作品だと感じました。

今は亡き作者である野沢さんに、「ありがとう」の想いを贈ります。

 


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