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リミット リミットを越えた先にあるもの [野沢尚]

リミット 野沢尚 著 講談社

首都圏にて子供の失踪事件が発生し、それが
誘拐事件に発展するところから始まる物語。
 事件発生から、犯人との対峙の展開の中で、主人公の有働、脇を固める
者達の描写も丁寧に描かれていて、自然と引き込まれていく。
警視庁捜査一課・特殊捜査班の主人公有働公子は
身代金目的の誘拐の事件を担当する。
被害者宅にて、母親に変わって母親役を勤め、犯人と被害者
との接点を通じて事件に携わっていく。
 成功率の低い誘拐犯罪にて、確実に身代金を手にする
手段を模索している犯人達は、驚愕の方法を選択する。
主人公、有働公子は母一人、子一人の母子家庭。
何よりも大切な、公子の息子を誘拐し、子供を返して
欲しければ、身代金をもって、仲間の警察を撒いて来い
と犯人からの要求を受ける。
 警察内部に自分達に通じる者がいると、犯人に聞かされた
公子は、自分の組織を外れ、一人の母親として文字通り
命を懸けた、息子救出に動き出す。
 物語が進行するに当たり、公子が取る行動は無謀で
命知らずであるにも関わらず、それでも行動せずには
いられない状況と、どんな状況であろうと、息子を再び
この手に抱きしめ、その温もり感じるまでは諦めない
母親としての情念の深さに胸を打たれると同時に、幸運を祈る気持ちが
自分の胸の中に湧き出してくる。
 その一方の犯人像の描写も秀逸である。
主犯格の女の、犯罪に手を染めるまでの道のりや、心の揺れが
良く描かれている。
 自分の存在を否定されているような、幼少の頃の家庭事情。
やがて教師になってからの失望や、そこで自分を繋ぎ止めるための
後ろ向きの愛に転がり、そんな自分を品定めするような周囲の目に
対する反発から起こる、同僚への傷害を起こし、夜の街へ身を投じていく。
そして教師としての失望の頃に出会った二人の教え子。
やがてこの子達も自分と同じ世界に身を投じるであろうという直感は
夜の街での再会で、現実のものとなる。
 誘拐を発端に展開していく本作の裏には、臓器売買、人身売買、密入国
脳死等の重たい問題をも含んでいる。
 脳死判定の難しさや危うさ、幼児売春、幼児ポルノなどの歪んだ欲望、
生きる為に売り買いされる人の命に絡んだ、様々な闇を切り取り、物語に
貼り付けられている。
 臓器移植を求める者と提供する者たちの意識の違い。
また、諸外国との、肉体というものに対する意識の違いにも触れており
様々な問題を突きつけられる。
 そして、主人公が表層的な誘拐の目的と、その裏に潜んだ別の目的とを
知り、やがて事件の核心へと迫っていく。
 ありきたりな表現になるが、全編を通して母性の情念の表裏が底流に流れる
物語となっているように感じる。
物語の最後に、隠されたもう一人の犯人とのやりとりも印象に残った。
 本来の自分に戻るために魔性のリミットを越えた先のあるものを
求めたもう一人の主犯。
 人の持つ心の闇を覗き見たようなそんな印象が残った。
物語の主軸となるテーマが重いが、江戸川乱歩賞受賞後の第一作として
「破線のマリス」を越える硬質な重量感は、一読に値する。

 


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コメント 6

ナオ

「破線のマリス」よりテーマが重いけどぐいぐい読ませる作品ですよね!
母親の想い、母性に背く女たちの想いがどっちも迫ってくるので、読んでいて精神的にはあまり楽しくないんですが(笑)物語としては素晴らしく、自分の精神状態などどーでもいい気持ちになってきます。
もうひとりの主犯には、私はドラマで見ていてすごく驚いたので、jokerさんもきっとそうだろう、と…。

いやしかし、jokerさんの観察眼には驚きです。
すごい読み込みますね…!jokerさんのレビューを読むと、こんな風にしっかり読んでもらった作品は幸せだなあ、と。
by ナオ (2006-10-29 16:59) 

joker

ナオさんへ。
たしかに、楽に読める感じではないですねぇ。
でも、読み応えのある、しっかりとした作品ではありますよね。
母性を軸にして、プロットのしっかりとした作品を、丁寧な描写で
ここまで書ける野沢さんには、正直参りましたね。笑
そして、最後の対峙には驚きでしたね。
野沢さんの作品は、必ずひねりが効いています。
それも魅力のひとつです。

観察眼だなんて、そんなに大したものではないですよ。(照
たぶん、書くことは読むことの何十倍も難しく、ご苦労がある
でしょうから、どんな感想を持とうと、最後まで読むように
心がけております。
そして、ナオさんのレビューも楽しみにしてますよ。
比較的簡潔な文章という印象を受けますが、無駄がないのに
その中に自分の感想を交えた、的確な物語の紹介がされている
って感じます。聡明というのが、正直な印象です。
by joker (2006-10-29 19:51) 

野沢

素敵なコメントありがとうございます。
発売当時、私も母親の立場としてこの作品を読んで、とても怖いと感じた作品です。
by 野沢 (2006-12-17 02:45) 

joker

野沢さん
公式サイトからの、お母様からのコメント大変ありがたいと
同時に、拙いレビューにコメント頂き恐縮です。
野沢さんの作品は、とても内容の濃い、問いかけやメッセージが
深く、いつも静かに活字を通して交信させてもらっています。
まだまだ、手にしていない作品が多いので、これからも読ませて
頂きます。
読み手の力量が足りなく、なかなか野沢さんの意図するところまで
読みきれていないと思うのですが、感じたことをレビューさせて
頂きます。
また、公式ブログの情報を楽しみにさせて頂きます。
RSSに登録させて頂きます。
by joker (2006-12-17 23:36) 

Sho

僭越ですが、野沢氏の「作家」としての力量をはっきりと感じた一冊でした。よくぞここまで・・というくらい、闇の部分を書かれていますね。
そして、jokerさんがおっしゃる通り、「母性」の物語でもあると思います。終盤、主人公が自分の子供の名を、渾身の力で呼ぶ場面。カフェで読んでいたのに、涙があふれてきました。
母性は、怨念のような愛情でもあるように思います。
by Sho (2007-06-09 22:32) 

joker

shoさん
niceとコメントありがとうございます。
この作品を読んだときには、本当に野沢さんの力量が
自分の思っているよりも、遥かに上のレベルなんだと
思いました。
母性の深い情念を見事に描いているという感じです。
野沢さんの作品の中でも傑作と言っていい作品じゃ
ないでしょうか。
by joker (2007-06-10 08:15) 

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